
- 口約束も法的には有効
- 法的に有効であっても証拠がないと
- トラブルを避けるためにきちんとした書面を作成することが重要
【Cross Talk 】口約束の生前贈与は意味がない?
私は、父から相続対策として生前贈与をもらうことになっていたのですが、もらう前に父が亡くなってしまいました。親子間のことだったので、契約書などは特に作っていなかったのですが、兄弟にそのことを話しても、「そんな話は聞いていない」と言って取り合ってくれません。口約束は意味がないのでしょうか?
そんなことはありません。民法で特別な要式が求められているものを除いて、口約束でも法的には効力を生じます。ただし、口約束では相手方に「そんな約束はしていない」等と言われてトラブルになりやすいですし、トラブルになったときに口約束をしたことを証明することが難しいでしょう。そのような事態を避けるには、口約束ではなくきちんとした文書を作成しておくべきと言えます。
そうですか。契約書を作っておけばよかったんですね…
ある程度大きな財産について売買や贈与などの契約をする場合、後でトラブルにならないようにするため、契約書等の文書を作成することが一般的です。 しかし、相続に関連して親族間で何らかの合意や取り決めをする場合、親族間でトラブルになることはないからわざわざ文書を作成するまでもないと考え、口約束で済ませてしまうことがあります。 しかし、親族間であっても予期に反してトラブルになることは決して少なくありません。 そこで今回は、相続で口約束をしたことでトラブルに発展する典型的なケースとそれに対する対処法について解説します。
相続対策として生前贈与の口約束をされていた

- 口約束でも贈与は有効だが、証拠がないので相続人に請求することができない
- 贈与契約書を作成しておく
私は、相続対策として父から口約束で生前贈与を受けることになっていましたが、贈与を受ける前に父が亡くなってしまいました。この生前贈与はどうなるのでしょうか?
口約束であっても贈与契約は有効に成立します。ただし、他の相続人が贈与契約の事実を争う場合、口約束では証拠がないために贈与契約の事実が認められないことになるでしょう。そのような事態を避けるために、きちんとした贈与契約書を作成しておくべきです。
ケース
生前贈与は、相続対策の一環として利用されることがあります。相続財産が一定以上ある場合には、相続税が課せられます。 それなら亡くなる前に財産を処分すればいいのかというと、そうとは限りません。生前贈与にも贈与税がかかるからです。
しかし、贈与税には、年間110万円の基礎控除があります。110万円までの贈与は、贈与税がかからないということです。この110万円は、受贈者(贈与を受ける人)一人あたりの金額ですから、配偶者に110万円、こどもに110万円、別のこどもに110万円というように、複数の人に贈与することができます。
そうすると、相続人になるべき者に対して110万円までの贈与を毎年繰り返すことで、贈与税を払わずに生前に財産を取得させるとともに、相続財産を減少させて相続税の課税対象から外れたり、税額を減らしたりすることができるのです。
これ以外にも、贈与税には、次のようなさまざまな制度や特例があるため、相続対策として生前贈与が利用されているのです。- 相続時精算課税 60歳以上の直系尊属から20歳以上の推定相続人である直系卑属に対する贈与について2500万円まで非課税とする
- 配偶者控除特例 婚姻期間が20年以上である配偶者から居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭を贈与された場合、2000万円まで非課税とする
- 直系尊属からの住宅取得等資金贈与特例 直系尊属から20歳以上の直系卑属が住宅取得等資金(居住用家屋を新築もしくは取得または増改築する費用)の贈与を受けた場合に一定額を非課税とする
ただし、相続対策として生前贈与を考える方は、通常は高齢であるとか、病気など健康上の不安を抱えていることが多いでしょう。 そうなると、生前贈与するという話になったとしても、実際に贈与をする前に贈与者が亡くなってしまうということもありえます。 親族間の贈与ということであり、口約束で贈与をすると決めたということもありえるでしょう。 そのような場合に、口約束による生前贈与がどのように扱われるかが問題になるのです。
どのような法律関係になるのか
民法は、贈与について次のように定めています。民法549条 贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
つまり、贈与は当事者の合意が成立することで効力を生じるのであり、書面の作成など特別な要式は必要ないのです。 したがって、口約束であっても生前贈与は効力を生じることになります。
ただし、ここで注意が必要なのは、当事者の合意が成立したことが認められれば効力が発生するということです。相手方が当事者の合意が成立したことを争う場合、贈与の効力の発生を主張する者、つまり受贈者の側が、当事者の合意が成立したことを証明しなければならなくなります。 一般的に、口約束を証明することは難しいといえます。 とりわけ、1)のケースのように贈与者が亡くなっている場合、贈与者に事情を確認することができなくなりますから、受贈者が「約束した」という以外に証拠がなく、証明は非常に困難です。 そうなると、真実は口約束で生前贈与をしたとしても、生前贈与の効力の発生が認められないということになるでしょう。
また、生前贈与については、もう一つの問題があります。 民法550条 書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。
つまり、いったん口約束で生前贈与をしたとしても、贈与者は履行前であればいつでも贈与を解除することができます。 また、贈与者が履行前に死亡した場合、相続人は贈与者の地位をそのまま引き継ぐことになるので、履行前であれば、相続人は生前贈与を解除することができます。
対処法
「どのような法律関係になるのか」で解説した事態を避けるには、適切な内容の贈与契約書を作成することが最善の方策です。贈与契約書は贈与の合意があったことの有力な証拠になりますから、実際には贈与の約束をしたのに証拠がないため贈与の効力が認められないという事態を避けることができるでしょう。 もっとも、贈与契約書を作成したとしても、相続人から、贈与者本人が作成したものではないなどと主張される可能性があります。
そこで、贈与契約書に実印を押印し、印鑑証明書を添付することで、贈与契約書の証拠としての価値をより高めることができます。 贈与の対象となる財産の価値次第では、費用をかけてでも公正証書で贈与契約書を作成するということも考えられるでしょう。
また、贈与契約書を作成することには、贈与の証拠になること以外にもう一つのメリットがあります。 贈与契約書を作成すれば、その贈与は「書面による贈与」ということになります。 民法550条の反対解釈から、書面による贈与は、履行前であっても各当事者が一方的に解除をすることはできないということになるのです。
遺産分割協議で口約束をした

- 口約束の条件付きで遺産分割をしても証明が難しい
- 条件に付いての条項も遺産分割協議書に盛り込む
ほかに相続に関連して口約束が問題になるケースがありますか?
たとえば、遺産分割をする前提として口約束で何らかの条件を付けたが、相手方がその条件を守ってくれない、というケースが考えられます。そのような事態を避けるために、条件についても遺産分割協議書に記載すべきと言えます。
ケース
相続に関連して口約束の効力が問題になるものとして、口約束の条件(負担)付きで遺産分割協議をする場合が考えられます。たとえば、父が亡くなった場合に、長男が母の面倒を見ることを約束して、長女が少なめに相続するというようなケースが考えられます。
このような場合に、長男が母の面倒を見ようとしないとき、母の面倒を見るという口約束はどうなるのかが問題になります。
遺産分割協議書に条件についても記載する
1.の生前贈与の場合と同様、口約束では相手方から「そんな約束はしていない」と言われてしまい、証拠が不十分ために約束をした事実が認められない可能性があります。そのような事態を避けるには、やはり書面を作成しておくことが重要です。 遺産分割協議が成立した場合、相続人全員が署名のうえ、実印を押印し、印鑑証明書を添付した遺産分割協議書という書面を作成するのが一般的です。 預貯金口座の解約や不動産の所有権移転登記の手続などをするのに遺産分割協議書が必要になるからです。 そこで、この遺産分割協議書に、「母の面倒を見る」などの条件も記載するといいでしょう。 それによって、相手方がそんな約束はしていないと主張することを防ぐことができます。
もっとも、条件(負担)について遺産分割協議書に記載したにもかかわらず、その条件(負担)による義務を負う者がその義務を果たさなかった場合、他の相続人は、義務の履行を求めるよりも遺産分割をやり直したいと考えるかもしれません。 1)のケースで言えば、約束を守らない長男には母を任せられない、自分が母の面倒を見る代わりに長男 が少なめに相続することにしたい、と長女が考えたとしても無理のないことでしょう。
しかしながら、最高裁は、「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。」との判断を示しました(最判平成元・2・9民集43巻2号1頁)。
最高裁は、その理由について、「遺産分割はその性質上、協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」と説明しています。 ※民法909条本文 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。
この最高裁の判断を前提にすれば、長男が母の面倒を見なかったとしても、他の相続人は遺産分割協議を解除することはできないということになります。
まとめ
相続における口約束によるトラブルとそれを避けるための対処法を解説しました。 適切な書面の作成が重要であることはお判りいただけたかと思いますが、どのように書けばいいか分からないという方が多いかもしれません。 せっかく書面を作成しても、内容が不十分であっためにけっきょくトラブルになってしまったのでは意味がありません。 そのような事態を避けるには、事前に相続に詳しい弁護士に相談し、書面の作成についてアドバイスしてもらうと良いでしょう。

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