被相続人が他人に損害を生じさせた場合の相続人の損害賠償義務について詳しく解説します!
ざっくりポイント
  • 損害賠償義務も相続の対象になる
  • 親権者や介護者が固有の損害賠償義務を負う場合がある
  • 損害賠償義務を負う場合は相続放棄や自己破産等を検討する
目次

【Cross Talk】損害賠償義務も相続するの?

家族が電車に飛び込んで自殺してしまいました…鉄道会社から損害賠償を請求されると聞いたことがあるのですが、本当ですか?

亡くなった方のプラスの財産だけでなくマイナスの財産も相続の対象になります。そのため、亡くなった方が他人に損害を与えた場合、相続人は損害賠償義務を相続することになります。 また、亡くなった方が未成年者であったり、高齢者で認知症であったりした場合、親権者や介護者が固有の損害賠償義務を負う可能性があります。 ですから、鉄道会社から損害賠償を請求される可能性はあると言えます。

損害賠償を請求されるんですね。どう対応すればいいか教えてください!

損害賠償義務を相続したり、固有の損害賠償義務を負ったりすることも!

電車への飛び込み自殺や賃借物件での自殺など、亡くなった方が他人に損害を与えてしまった場合、相続人はその損害を賠償しなければならないのでしょうか? 鉄道に遅れを生じさせた場合には莫大な損害賠償を請求されるという噂もありますが、実際の請求額はどの程度になるのでしょうか? 今回は、裁判例を交えてこれらの点を解説するとともに、損害賠償義務を負うことになってしまった場合の対処法をご紹介します。

自殺などで損害が発生するケース

知っておきたい相続問題のポイント
  • 電車の人身事故、電車への飛び込み自殺や賃貸物件での自殺などの場合、損害が発生する
  • 数百万円の損害賠償が認められた裁判例がある

亡くなった人が損害を発生させる場合というのは、具体的にはどのようなケースをいうのでしょうか?

一般的に考えられるのは、亡くなった方の落ち度による鉄道の人身事故、電車や車への飛び込み自殺、賃貸物件での自殺などでしょうか。実際に裁判になったケースもあるので、ご紹介しましょう。

亡くなった方(被相続人といいます)によって損害が発生するケースとして考えられるのは、亡くなった方の落ち度(過失)によって電車の人身事故が発生した場合、電車や車への飛び込み自殺、賃貸物件内での自殺などがあります。

電車への飛び込み自殺の場合、億単位の莫大な損害賠償を請求されるという噂もあるようですが、実際の裁判例でそこまで高額の賠償を認めたものはないようです。 自殺ではありませんが、鉄道事故に関する損害賠償が争われた事案として、JR認知症訴訟が有名です(最高裁平成28・3・1最高裁民事判例集70・3・681、〈控訴審〉名古屋高裁平成26・4・24、〈第一審〉名古屋地裁平成25・8・9)。

この事件は、認知症にり患したAが、駅構内の線路に立ち入り、列車に衝突して死亡した事故について、その事故によって列車に遅れが生じたなどとして、Aの妻やAの子に対し、719万7740円を請求した事案です。 この事案では、Aの妻やAの子が事故による損害を賠償する責任を負うかが主な争点となり、最高裁まで争われましたが、損害については、第一審判決が、「本件事故により、東海道本線において上下20本の列車に121分ないし122分の遅れが生じたため、原告は、別紙損害額一覧表のとおり、振替輸送を手配するため名古屋鉄道株式会社に534万3335円を支払ったほか、本件事故に伴う旅客対応にかかる人件費等も含めて、合計で719万7740円の損害を被ったことが認められる。」として、原告の請求通りの損害を認定しています。 その後、控訴審の判決では、鉄道会社が事故の発生を防止することができたという点を指摘し、第一審で認められた損害額の半額である359万8870円を損害額として認定しました。

列車の遅れの本数や時間によって、振替輸送を手配する費用や事故に伴う人件費はケースバイケースであり、この事案より高額にある可能性は十分に考えられますが、噂されているような億単位の賠償ということにはなかなかならないといっていいでしょう。 ちなみに、最高裁の判決では、Aの妻やAの子はAの監督義務者には当たらないとして、両名は損害賠償義務を負わないとの判断が下されました。 また、賃貸物件内での自殺については、次のような裁判例があります。相続人が相続した事案ではありませんが、損害額の考え方は参考になります。

東京地裁平成26・8・5

【事案の概要】 被告を賃借人として建物を賃貸した原告が、被告の妻が同建物内で自殺をしたために、同建物について賃料を減額しなければ新規に賃貸することができなくなったとして、被告に対し損害賠償を請求した事案。

【裁判所の判断】 裁判所は、原告の主張する各損害について、次のように判断し、155万7877円の損害を認定した。

  • 当該居室についての損害 通常、1年間は賃貸不能であり、その後の賃貸借契約について、一般的な契約期間である2年間は相当賃料額の2分の1を賃料として設定するものと考えるのが相当である。
  • 他の居室にかかる損害 他の居室の賃料減額について、本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない
  • 原告(家主)の精神的苦痛 原告が本件事故の発生により何らかの苦痛を覚えたとしても、その苦痛は本件居室にかかる損害の賠償を受けることによって補填されるべきであり、それ以上に慰謝料の請求をすることができるほどの精神的損害が発生したということはできない

遺族や介護者は自殺により発生した損害について賠償義務を負う?

知っておきたい相続問題のポイント
  • 損害賠償義務も相続の対象になる
  • 親権者や介護者が固有の損害賠償義務を負う場合がある

親族が自殺をして損害を生じさせた場合、遺族が損害賠償をしなければいけないのでしょうか?

損害賠償義務も相続の対象になりますので、相続人が損害賠償義務を負うことになります。 また、未成年者や認知症の高齢者が損害を生じさせた場合、未成年者や高齢者が損害賠償義務を負わないときでも、親権者や介護者が固有の損害賠償義務を負う可能性があります。

損害賠償義務を相続する

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に帰した一切の権利義務を承継します(民法896条)。 権利だけではなく義務も承継の対象になりますから、たとえば被相続人に借金があった場合(貸金返還債務を負っていた場合)、相続人は借金を相続し、債権者に返済をしていかなければならなくなります。 被相続人が負った損害賠償義務も義務の一つですから、相続人に承継されることになります。

列車に飛び込み自殺をして鉄道会社に損害を与えた場合、自殺をした人は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」ことになり、鉄道会社に対して損害賠償義務を負います。

また、建物の賃借人は、建物の使用収益に際して善良なる管理者の注意をもってこれを保管する義務(善管注意義務)を負っています。 建物内で自殺すれば、新たな賃借人が一定期間現れず、また、現れたとしても本来設定し得たはずの賃料額よりも相当程度低額でなければ賃貸できなくなります。 そのため、建物内で自殺することは善管注意義務違反となり、それによって生じた損害を賠償する義務を負います。

このように、列車への飛び込み自殺や賃貸物件での自殺の場合、自殺した人が鉄道会社や貸主に損害賠償義務を負うことになりますので、相続人がその損害賠償義務を相続することになります。

親権者固有の損害賠償義務

自殺した人の損害賠償義務を相続する以外に、遺族が固有の損害賠償義務を負う場合があります。 まず考えられるのが、未成年者の親権者です。

未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(責任能力)を備えていかなったときは、その行為について賠償の責任を負いません(民法712条)。

過去の裁判例によれば、おおむね12歳から13歳のあたりが、責任能力が認められるかの境界となっているようです。 それに満たない年齢の未成年者が他人に損害を加えたとしても、未成年者が損害賠償責任を負うことはないということになります。 ただし、被害者が泣き寝入りしなければならないとは限りません。

責任無能力者が責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとされています(民法714条1項本文)。 親権者は、未成年者を監督する法定の義務を負いますので、責任無能力の未成年者が第三者に損害を加えた場合、親権者は固有の損害賠償責任を負うことになります。

介護者が損害賠償を負う場合

精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えたものは、その賠償の責任を負いません(民法713条本文)。 高齢で認知症の症状が進んだ方が他人に損害を加えた場合が典型例でしょう。

ここでも未成年者と同様、責任無能力者が責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとされています(民法714条1項本文)。

先ほどご紹介したJR認知症において、最高裁は、「精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう『責任無能力者を監督する法定の義務を負う者』に当たるとすることはできない」としたうえで、「法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用される。」との判断を示しました。

この事案では、最終的に亡くなった方の配偶者らは「監督義務者」には該当しないとして責任は否定されましたが、介護者が最高裁の示した「法定の監督義務者に準ずべき者」に該当する場合には、固有の損害賠償責任を負うことになります。

各損害賠償義務を負う場合の対処法

知っておきたい相続問題のポイント
  • 損害賠償義務を相続する場合は相続放棄や限定承認を検討する
  • 固有の損害賠償義務を負う場合は自己破産を検討する

損害賠償義務を負うことになった場合、どのように対応すればいいですか?

亡くなった方の義務を相続するのか、遺族が固有の損害賠償義務を負うのかによります。 相続する場合は、相続放棄や限定承認をすることが考えられます。遺族が固有の損害賠償義務を負う場合、自己破産等の債務整理を検討すればいいでしょう。

損害賠償義務を相続する場合

自殺した方が損害賠償義務を負う場合、相続人はこれを相続することになります。 被相続人の財産よりも損害賠償義務の方が多い場合には、そのまま相続するのではなく、相続放棄や限定承認を検討する必要があります。

相続放棄は、自分に相続の効果が確定的に発生することを拒否する意思表示のことをいいます。 相続放棄をすることで初めから相続人ではなかったことになるので、損害賠償義務を負うことはありません。

相続放棄のほかに、限定承認という方法も考えられます。限定承認は、相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務及び遺贈を弁済することを留保して相続を承認することを言います。 相続財産から被相続人の債務及び遺贈を弁済するだけでよく、債務が残った場合でも相続人は弁済する義務を負わないのです。

それ以外の場合

親権者や介護者が固有の損害賠償義務を負う場合、相続放棄や限定承認では対応できません。 相続人の財産をもって支払うことが困難である場合には、自己破産等の債務整理を検討するしかありません。

まとめ

親族が自殺した場合に遺族が損害賠償義務を負うかについて解説しました。損害賠償義務を負うのか微妙な場合もありますし、損害賠償義務を負う場合の対応方法も複数の選択肢がありますので、遺族がご自身で判断することは難しいでしょう。 損害賠償義務についてお悩みの場合は、専門家である弁護士に相談することをお勧めします。

遺言や相続でお困りの方へ
おまかせください!
分からないときこそ専門家へ
相続については、書籍やウェブで調べるだけではご不安な点も多いかと思います。当事務所では、お客様の実際のお悩みに寄り添って解決案をご提案しております。「こんなことを聞いてもいいのかな?」そう思ったときがご相談のタイミングです。

この記事の監修者

弁護士 岩壁 美莉第二東京弁護士会 / 東京第二弁護士会 司法修習委員会委員
あなたが笑顔で明日を迎えられるように、全力で法的なサポートをいたします。お気軽にご相談ください。
初回相談
無料
法律問題について相談をする
電話での予約相談
(新規受付:7時~24時)
0120-500-700
相続手続お役立ち資料のダウンロード特典付き
(新規受付:24時間対応)

法律問題について相談をする

初回相談無料

電話での予約相談

(新規受付:7時~24時) 0120-500-700

相続手続お役立ち資料のダウンロード特典付き

(新規受付:24時間対応)
資料ダウンロード

相談内容

一般社団法人 相続診断協会
資料ダウンロード
相続手続き丸わかり!チャート&解説